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[海外旅行-03] Argentina - Buenos Aires, Iguazu 国立公園 & Los Glaciares 国立公園 その4

Argentinaの伝説の女性とされる、EvitaことEva Peronについて少々。
自分は名前と生い立ちくらいは聞いたことがあって、ミュージカルの題材にもなってたっけ、という程度の予備知識しかなかったのだけれど、Buenos Airesでは色々な場所で彼女の名前や絵画・彫像に触れることになった。
Argentinaを訪れる外国人にとって、同国の過去の人物としては最も目立つ存在なのだと思う。

その人生を1行で説明すると、貧しい出自から大統領夫人に出世し、国政をも動かしつつ、絶頂の内に早世した。
絵に描いたようなシンデレラ・ストーリーが、女性の人気を博しているのは間違いなさそう。
また、若くして亡くなったことで、(永遠に美人というイメージもあり)批判しにくい空気があるのも確かだろう。

国政を動かしたという点については、周りから神輿として担ぎ上げられている内に本人がその気になっちゃったようで、独裁者肌だった旦那=大統領も介入を止めさせなかった。或いは、実際に政策を考えたのは旦那=大統領の方で、それを国民に受け入れさせるよう、彼女に実行させることでその国民的な人気を自分の政治に上手く使ったのか。
財源など考えず、良かれと思うことに大金を費やす姿勢も、Argentinaの国民気質に合ったのだろうな。
現代国家ではなかなか考えられない、20世紀前半という時代が生んだ風雲児だった。



Palermo地区からRecoleta地区へと移動する途中、Eva Peronの銅像を見付けた。
Buenos Airesには、歴史上の偉人の名前を冠してその銅像を置いた広場が多数あり、ここはEvita広場らしい。
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街路樹のjacarandaの紫色が鮮やかに映える。
日本に置き換えれば、桜並木が鮮やかな薄紅を湛えるような、南米特有の景色の色なんだろうな。
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Recoleta地区には、大きな共同墓地がある(Cementerio de la Recoleta)。
ここは、Buenos Airesでも屈指の観光名所になっている。
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中に入ると、整然と区画分けされた敷地に、小さな建物がずらりと並んでいる。
一見、ちょっとした住宅街のようにも見えるけれど、実はこの建物は全部お墓。
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立派な建物(祠というべきか)の中に、色々な人が眠っている。基本的には偉い人達の高級墓地。
単純に風景として美しい上に、偉人の墓が並ぶことから、自然と観光地になったのだろう。
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そんな墓地の一角に、取り分け多くの訪問者を引き付ける、Eva Peronの墓もある。
正確には、Eva Peronだけでなく、彼女の実家であるDuarte家の人々の墓なのだけれど。
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少し補足すると、南米の大きな街にある共同墓地は、一見して住宅街に見えるような造りをしているものが多い。
庶民向けのものは団地のミニチュアのようで、高級墓地だと戸建住宅が並んでいるように見える。
恐らく、Argentinaで最もお高い共同墓地が、このRecoleta地区のものなのだろう。

本当の住宅のように、入居権を買い取るか賃借することになり、入居審査や権利の譲渡みたいなのもあるのだと思う。
Recoleta地区の共同墓地の中にも、既に敷地は飽和しているはずなのに新たに建築中の墓があったので、誰かの墓が出て行って、代わりに別の誰かの墓が入ることになったのだろうね。一種の不動産事業になっているのかも知れない。



共同墓地を後にして、次はバスで海に近いPuerto Madero地区にやってきた。
かつての運河に面して、高級ホテルや高層マンションが建ち並ぶ、Buenos Airesで最もブルジョワな場所。
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こちら側には、かつて倉庫として使われていた建物が残り、中はお洒落な店がテナントとして入っている。
横浜の赤レンガ倉庫を思わせる一角に、スタバがあったので入ってみた。
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結構歩いたので、ちょっと休憩。何を飲んだか覚えていないけれど、冷たいものだった気がする。
商品名はどの国でもほぼ共通なので、注文しやすくて助かる。
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そして、Argentinaの土産を購入した。デザインはGauchoですか。
これをバックパックに詰めて、この後1週間くらい旅行してアメリカに持って帰るのは、なかなか大変だった。
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かつて使われていた船舶も、いくつか運河の中に保存されている。
中には入らなかったけれど、傍にある案内板を見ると、日本にも寄港したことがあるらしい。
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歩いて中心部(San Nicolas地区)に戻り、夕食のレストランに向かってFlorida通りという道を歩く。
歩行者天国になっていて、色んな種類の(比較的高級感のある)店が並んでいる、とても賑やかな場所だった。
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沢山の観光客が訪れる場所だからか、この通りはとにかく闇両替が多い。
常に誰かが"cambio, cambio!"と叫んでいる感じだった。丁度、亜ペソが暴落しかかっている時期だったしね。
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タンゴの路上演舞なんてのも行われていた。
わざわざ劇場まで行って観る余裕もなかったので、ここで少しでも眺められてラッキーだった。
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Florida通りを北の端の方まで歩いて、もうホテルから徒歩圏まで戻ってきたところに、今日の夕食の店がある。
日本料理の「入船」という店。アジア系も少々いたけれど、主なお客さんは地元民のようだった。
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日本人ないし日系人の店員がいたので、注文も日本語でOK。
Argentinaでは肉ばかりになりそうな予感があったので、今日は魚料理にして"Salmon Teriyaki"を。
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明けて4日目。午後に次の目的地に移動する予定で、その前にまだ回っていない場所を訪れておく。
ホテルの前からバスに乗って、市域の南の方、Boca地区にあるCaminitoというところにやってきた。
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Caminitoは、かつてのこの地域の住居を保存した、完全に観光客向けの場所。
周辺は庶民的な住宅街で、あまり柄も良くないと言われる中で、この界隈だけちょっと浮いた存在になっている。
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元々はただのスラム街だったのを、イメージアップを考えたのか、地元の芸術家達が建物の外壁や道路に(品の悪い落書きでなく)絵を描いたりペンキを塗り分けたりして、見た目に鮮やかな場所に変えてしまった。
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よく見ると、塗ってある壁は木の板だったりトタンだったり、確かに元は質素な建物だったのだろうな。
何となく眺めて楽しめる(10分間くらいは)けれど、何か特別に引き付けられるものがある訳でもなかった。
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外国を訪れたら、その国にある世界的な観光地だけでなく、地味であってもその国の首都を見ておきたいというこだわりがあるので、今回もまずBuenos Airesの街歩きに合計2日間ほどを費やしてみた。
(Buenos Airesは、決して地味な場所じゃないが。)
大抵はガイドブックのお勧めの場所をなぞるような感じになるけれど、それでもなるべく自分の足で歩き、地元の公共交通機関(タクシーでなく電車やバス)を使うことで、何となくその街の雰囲気を感じることができる。

印象的な出来事や出会いを求めるのも旅の醍醐味だけれど、自分はどちらかと言うと浅く広く色んな場所に行ってみたいと思っているので、あまり1ヶ所に力を入れ過ぎず、色んな場所の「何となく」を比べるのが好き。
まぁ、旅をしている間は「何となく」と思っていても、日本とはまるで異なる文化の異国にいること自体、相当に強い経験なのだから、あまり欲張らずとも、自分の好きなように動いてみれば、自ずと沢山の記憶が残るはず。
旅行とは、それで良いのだと思う。
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