[Soccer - USA] New York City FC vs New England Revolution (Mar 26, 2016)

New Yorkでの残り時間も段々と少なくなってきた中で、今年最初のスポーツ観戦へ。
年明けからだいぶ仕事が忙しくて、ようやく緩くなってきたところで、観戦の機会を得ることができた。
帰国するまでに、サッカー(New York City FC)と野球(New York Yankees)とを、1試合ずつは観ておきたい。

MLSは日本のJリーグと同じく春秋制で、時期的にもほぼ同じ3月頭に開幕している。
国土の広いアメリカとCanadaとにチームが散らばっているため、この時期は各地でだいぶ気候が異なる。
New YorkやBoston等のアメリカ東海岸、そしてTorontoMontrealといったCanadaの都市は、まだまだ寒い冬。
ただ、これらの地域も、幸いに新潟や山形のような豪雪地帯ではないので、試合開催に支障は特にない。
観ている方は寒いけれど、選手にとってはやりやすいはず。
せめて熱い試合になってほしいと願うばかり。



Bronx地区Yankee Stadiumにやってきた。
試合は15時キックオフなのだけど、もう少し早い時間帯にしてくれた方が暖かくて良かったな。
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サッカー場で言うとバックスタンド、野球場で言うとライトスタンドのセンター寄りの席。
昨年は向かって左側がホームチームのベンチだった気がするけれど、今年は逆になっていた。
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2階席の一角に、対戦相手のNew England Revolutionのサポーターが集まっていた。
BostonとNew Yorkとは、東京名古屋間と同じくらいの約350㎞。もう少し遠征して来てくれないものかね。
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両チームの選手達がウォーミングアップを行っている。
今年もNYCFCの看板選手であるPirloが、若手に声を掛けながら身体を動かしていた。
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そして、David Villaもスタメンに名を連ねる。
ちなみに、もう1人の看板選手であるLampardはベンチ外。彼はどうも昨年からコンディション不良が目立つ。
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選手達と審判団の入場のシーン。
今年も、New York市警New York市消防局とが登場して花道を作る。
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ゴール裏(野球場で言うとレフトスタンド)に陣取るNYCFCのサポーター。
ノリはなかなか良いのだけど、チャントの種類が少ない。まぁ、アメリカ人は統率された応援があまり好きじゃないしね。
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キックオフを迎えた。
NYCFCは、ボールを持ったときに4バックっぽくなるものの、基本的には3-4-3のようだった。
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まだ立ち上がりの10分、Villaのシュートがクロスバーに当たった跳ね返りを、McNamaraが詰めてNYCFCが先制。
序盤、NYCFCは両WGが外から中に入っていく攻撃が上手くいっていた。この先制点も、その流れで奪ったCKから。
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自陣左サイドでの球際の攻防。
詳しくは後述するけれど、今日もここがNYCFCのネックだった。
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38分、ゴールに近い位置からのFKを決められて追い付かれる。
GK正面のシュートが何故かあっさり抜けたように見えたけど、実際には壁に当たってコースが変わっていた。
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New Englandの10番、Bunburyが(New Englandから見て)右サイドで大暴れしていた。
空中戦に圧勝するわ、スピードに乗ったドリブルでぶっちぎるわ、決定的なラストパスを出すわ、やりたい放題だった。
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後半、両チームのベンチ入りメンバーが目の前(バックスタンドの前)でウォーミングアップを進める。
New Englandは小林大悟がベンチ入りしていた。残念ながら出番はなかった。
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グラウンドコートを羽織っているNYCFCの監督は、往年の名選手だったPatrick Vieira
Manchester City FCのコーチを務めていたのが、同系列のNYCFCに派遣されてきたってところ。
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Villaはフィニッシュワークだけでなく、時に下がって2列目としての役割もこなす。
守備でも真面目に走っていたし、キャプテンとして今年もプレーでチームを引っ張っている印象を受けた。
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相変わらずPirloにはボールが集まる。
ただ、他の選手の動きが乏しいと、彼の技術も宝の持ち腐れになる。
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攻めあぐねる中、Pirloのセットプレーに活路を求めるが、悉く不発に終わる。
相手が1人少なくなっても、なかなかゴール前に迫れない。攻撃面は完成度が低かったと言わざるを得ない。
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セットプレーで追い付かれ、退場者を出して引いて守る相手を崩せず、引き分けに終わった。
昨年とは違うサッカーをしようとしているのは明らかで、今後はそれが上手い具合に定着するかどうかかな。
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試合後の夕食は、Times SquareOotoyaで。
日本の大戸屋がNew Yorkに進出したもの。ただし、値段は日本の3倍くらいする(苦笑)。
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一番のお気に入りである"Yakitori Ju Set"。なんと30米ドル(さらに税金とチップで10米ドル近く)。
SushiとかRamen以外の「普通の和食」って、高級外食みたいな扱いなので、結構高くなる。
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NYCFCは、新監督の下、最終ラインから繋いでいく(大きく蹴りださない)サッカーを志向していた。
いわゆるキック&ラッシュが目立つMLSでは珍しい取り組みで、志があって面白いとは思うけれど、完成度はまだまだ。
こういうサッカーは、GKやCBを含む全選手に一定水準以上の技術が必要で、そうでないと大抵自滅する。
今日も、ゴールキックをGKからCBに渡す段階から相手に厳しくチェックされ、起点からして危なっかしかった。
選手達の慣れがまず必要で、加えてこういうサッカーに適した選手を加えていくことも必要だろう。

相手が退場者を出したのはラッキーだった(判定は厳し過ぎたと思う)けれど、それを活かせなかった。
引き分けで上等と引いて守る相手を崩せない。
繋ぐサッカーは、あまり固執してしまうとどうしても手数が掛かるので、割り切って引いてしまえば守りやすい。
それを強引にこじ開けるだけの強力なFWはいない(Villaはそういうタイプじゃない)し、パワープレーもしなかった。
前線の選手達も、そういう状況でどうすれば良いのか頭が整理できておらず、立ち尽くしている感があった。
終盤に、Pirloが動き直しを求めて声を荒げていたのが印象的だった。

New Englandの攻撃は、手数は少ないものの、なかなか鋭かった。
シンプルに10番のBunburyに預ければ、彼が簡単に右サイドを崩してくれるので、それだけで攻撃になった。
10人になった後のカウンターも鋭かった。
Bunburyのスタミナがもう少しもてば、10人での逆転勝利も十分にあり得たと思う。
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[海外旅行-07] Argentina - Buenos Aires, Iguazu 国立公園 & Los Glaciares 国立公園 その5

Argentinaは、欧州にでも来たのかと思ってしまうくらい、白人だらけの国だった。
統計的には、国民の8割から9割が白人で、その残りも多くが先住民との混血ということらしい。
先般、PeruBoliviaを訪れた際には、いわゆるMestizoIndioといった先住民系の人々が多かったのに対して、同じ南米でもArgentinaは全く違った民族模様が見られた。(なお、民族構成については、ChileもほぼArgentinaと同じ。)

アメリカは国全体としては白人が圧倒的に多い(75%くらい)ものの、今住んでいるNew Yorkや昨年住んでいたLos Angelesではラテン系や黒人、アジア系もそこら中にいて、民族模様は実にごちゃごちゃ。
そういう環境に慣れていたものだから、Argentinaに着いて、道行く人々を見回してちょっと違和感を覚えた。
日本に来る外国人も、日本人だらけなのを見て、同じように感じているのかな。



Caminitoを見た後、同じBoca地区のすぐ近くにある、もう1ヶ所のスポットを訪れる。
2ブロックか3ブロックの距離しかないのだけれど、治安が悪いと言われる地域なのでだいぶ警戒しながら。
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C.A. River Plateと並ぶ名門チームであるBoca Juniorsの本拠地である、La Bomboneraというスタジアム。
住宅街の一角にあって、周囲に余分なものが一切ない。熱烈なファンじゃなきゃ、近くには住めないな。
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ここにもチームの博物館があって、見学ツアーも受け付けている。
スタッフはやはり英語ができて、さすが名門クラブとちょっと感心した。
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博物館の展示の中に、1925年の国内リーグの優勝カップというのがあった。
Argentinaのサッカーや、Boca Juniorsというクラブの歴史を感じる。
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ここでは見学ツアーには参加せず、スタンドからの眺めのみ。
見た目はやや小ぢんまりとしているけれど、詰め込めば4万5000人くらい入るらしい。横浜にもこんな箱が欲しい。
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C.A. River PlateとBoca Juniorsとは、Argentinaにおける二大人気チームにして、宿命かつ永遠のライバル。
本拠地のある地区の性格を反映して、中上流階層に人気のRiver Plateと、労働者階層に人気のBoca Juniorsという対立構図があったらしい。両チームの対戦は、Superclasicoと呼ばれて、世界的にやばいダービーマッチの1つ。

自分は、どちらかと言うとRiver Plateの側かな。
同じFIFA World Cupの決勝戦の会場を本拠地とするチーム同士、マリノスサポーターとして少し親近感を覚える。
でも、流石に「昨日はEl Monumentalを訪れました」とは言わなかった。殴られるかも知れないので。


午後は、次の目的地へと移動する。
Buenos Airesのもう1つの空港(主に国内線が発着)である、Jorge Newbery空港。通称Aeroparqueという。
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空港の敷地は沿岸部で、La Plata川という川というか海というか微妙な水域に面している。
La Plata川はいわゆる三角江で、浅く広く濁ったこの「川」の向こうには、隣国Uruguayの国土がある。
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乗る飛行機は、Argentina航空(Aerolineas Argentinas)のもの。
Argentinaのいわゆるナショナル・フラッグ・キャリアで、機体には国旗と同じ水色と白色の塗装が施されている。
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Buenos Airesから北へ1200kmくらいの、Puerto Iguazuへと向かう。
東京から同じ距離を北に向かうと、稚内の沖か樺太まで届く。結構な南北移動の1つ目。
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飲み物のほか、箱に入って軽食が配られる。これが結構色々と入っている。
日本やアメリカの航空会社も、高い金払ってるんだから、これくらいサービスしてくれても良いよね。
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2時間弱でPuerto Iguazu郊外のCataratas del Iguazu空港に到着。予想通り、だいぶ蒸し暑い。
市街地へ公共交通機関はないので、Four Tourist Travel社のシャトルバスで向かう。
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Puerto IguazuにあるHotel Saint Georgeに宿泊する。
とにかく蒸し暑いので、あまり好きじゃないけれど、エアコンは付けっぱなしだった。
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暗くなってしまったので、出歩くのが少々面倒になってホテルのレストランで夕食にする。
いつも通り、取り合えずスープを。見たまんま、Vegetable Soupということだった。
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内陸のIguazuでは川魚が良いという話だったので、Surubiというナマズの一種の料理を。
川魚でも全く臭みがなくて、ソース漬けにする必要はなく、なかなか脂も乗っていて美味しかった。
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5日目の朝、ホテルの外観を写す。
朝からやっぱり蒸し暑い。
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ホテルのロビーも写す。
合計3泊したけれど、部屋もサービスもしっかりしていて、なかなか良いホテルだった。
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ホテルの目の前にバスターミナルがある。
地域の路線バスから、国境越えを含めた長距離バスまで、色々と発着している。
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今日はIguazu国立公園のArgentina側を観光する。
このRio Uruguay社のバスに乗って30分くらい。
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Iguazu国立公園の入口に到着。暑いなぁ。
入園料は、Argentina国民か、Merco Sur加盟国の国民か、それ以外かで異なる。チケットに出身国が印字される。
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入園ゲートから、まず少し歩かされる。
途中に、園内でのアクティビティの受付ブースがあるので、後で紹介するボートツアーを申し込んでおいた。
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Iguazu国立公園については、次回の冒頭で紹介する。
ここからは国立公園の旅になるので、Buenos Aires編とは異なり、緑色が多めになる。
アメリカの国立公園も良かったけれど、南米にも同等かそれ以上に素晴らしい国立公園が沢山ある。
その最たるものが、Argentinaの北部と南部にそれぞれある2つの有名な国立公園。
まずは、その1つ目をじっくりと。

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[海外旅行-07] Argentina - Buenos Aires, Iguazu 国立公園 & Los Glaciares 国立公園 その4

Argentinaの伝説の女性とされる、EvitaことEva Peronについて少々。
自分は名前と生い立ちくらいは聞いたことがあって、ミュージカルの題材にもなってたっけ、という程度の予備知識しかなかったのだけれど、Buenos Airesでは色々な場所で彼女の名前や絵画・彫像に触れることになった。
Argentinaを訪れる外国人にとって、同国の過去の人物としては最も目立つ存在なのだと思う。

その人生を1行で説明すると、貧しい出自から大統領夫人に出世し、国政をも動かしつつ、絶頂の内に早世した。
絵に描いたようなシンデレラ・ストーリーが、女性の人気を博しているのは間違いなさそう。
また、若くして亡くなったことで、(永遠に美人というイメージもあり)批判しにくい空気があるのも確かだろう。

国政を動かしたという点については、周りから神輿として担ぎ上げられている内に本人がその気になっちゃったようで、独裁者肌だった旦那=大統領も介入を止めさせなかった。或いは、実際に政策を考えたのは旦那=大統領の方で、それを国民に受け入れさせるよう、彼女に実行させることでその国民的な人気を自分の政治に上手く使ったのか。
財源など考えず、良かれと思うことに大金を費やす姿勢も、Argentinaの国民気質に合ったのだろうな。
現代国家ではなかなか考えられない、20世紀前半という時代が生んだ風雲児だった。



Palermo地区からRecoleta地区へと移動する途中、Eva Peronの銅像を見付けた。
Buenos Airesには、歴史上の偉人の名前を冠してその銅像を置いた広場が多数あり、ここはEvita広場らしい。
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街路樹のjacarandaの紫色が鮮やかに映える。
日本に置き換えれば、桜並木が鮮やかな薄紅を湛えるような、南米特有の景色の色なんだろうな。
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Recoleta地区には、大きな共同墓地がある(Cementerio de la Recoleta)。
ここは、Buenos Airesでも屈指の観光名所になっている。
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中に入ると、整然と区画分けされた敷地に、小さな建物がずらりと並んでいる。
一見、ちょっとした住宅街のようにも見えるけれど、実はこの建物は全部お墓。
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立派な建物(祠というべきか)の中に、色々な人が眠っている。基本的には偉い人達の高級墓地。
単純に風景として美しい上に、偉人の墓が並ぶことから、自然と観光地になったのだろう。
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そんな墓地の一角に、取り分け多くの訪問者を引き付ける、Eva Peronの墓もある。
正確には、Eva Peronだけでなく、彼女の実家であるDuarte家の人々の墓なのだけれど。
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少し補足すると、南米の大きな街にある共同墓地は、一見して住宅街に見えるような造りをしているものが多い。
庶民向けのものは団地のミニチュアのようで、高級墓地だと戸建住宅が並んでいるように見える。
恐らく、Argentinaで最もお高い共同墓地が、このRecoleta地区のものなのだろう。

本当の住宅のように、入居権を買い取るか賃借することになり、入居審査や権利の譲渡みたいなのもあるのだと思う。
Recoleta地区の共同墓地の中にも、既に敷地は飽和しているはずなのに新たに建築中の墓があったので、誰かの墓が出て行って、代わりに別の誰かの墓が入ることになったのだろうね。一種の不動産事業になっているのかも知れない。



共同墓地を後にして、次はバスで海に近いPuerto Madero地区にやってきた。
かつての運河に面して、高級ホテルや高層マンションが建ち並ぶ、Buenos Airesで最もブルジョワな場所。
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こちら側には、かつて倉庫として使われていた建物が残り、中はお洒落な店がテナントとして入っている。
横浜の赤レンガ倉庫を思わせる一角に、スタバがあったので入ってみた。
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結構歩いたので、ちょっと休憩。何を飲んだか覚えていないけれど、冷たいものだった気がする。
商品名はどの国でもほぼ共通なので、注文しやすくて助かる。
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そして、Argentinaの土産を購入した。デザインはGauchoですか。
これをバックパックに詰めて、この後2週間くらい旅行してアメリカに持って帰るのは、なかなか大変だった。
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かつて使われていた船舶も、いくつか運河の中に保存されている。
中には入らなかったけれど、傍にある案内板を見ると、日本にも寄港したことがあるらしい。
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歩いて中心部(San Nicolas地区)に戻り、夕食のレストランに向かってFlorida通りという道を歩く。
歩行者天国になっていて、色んな種類の(比較的高級感のある)店が並んでいる、とても賑やかな場所だった。
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沢山の観光客が訪れる場所だからか、この通りはとにかく闇両替が多い。
常に誰かが"cambio, cambio!"と叫んでいる感じだった。丁度、亜ペソが暴落しかかっている時期だったしね。
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タンゴの路上演舞なんてのも行われていた。
わざわざ劇場まで行って観る余裕もなかったので、ここで少しでも眺められてラッキーだった。
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Florida通りを北の端の方まで歩いて、もうホテルから徒歩圏まで戻ってきたところに、今日の夕食の店がある。
日本料理の「入船」という店。アジア系も少々いたけれど、主なお客さんは地元民のようだった。
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日本人ないし日系人の店員がいたので、注文も日本語でOK。
Argentinaでは肉ばかりになりそうな予感があったので、今日は魚料理にして"Salmon Teriyaki"を。
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明けて4日目。午後に次の目的地に移動する予定で、その前にまだ回っていない場所を訪れておく。
ホテルの前からバスに乗って、市域の南の方、Boca地区にあるCaminitoというところにやってきた。
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Caminitoは、かつてのこの地域の住居を保存した、完全に観光客向けの場所。
周辺は庶民的な住宅街で、あまり柄も良くないと言われる中で、この界隈だけちょっと浮いた存在になっている。
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元々はただのスラム街だったのを、イメージアップを考えたのか、地元の芸術家達が建物の外壁や道路に(品の悪い落書きでなく)絵を描いたりペンキを塗り分けたりして、見た目に鮮やかな場所に変えてしまった。
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よく見ると、塗ってある壁は木の板だったりトタンだったり、確かに元は質素な建物だったのだろうな。
何となく眺めて楽しめる(10分間くらいは)けれど、何か特別に引き付けられるものがある訳でもなかった。
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外国を訪れたら、その国にある世界的な観光地だけでなく、地味であってもその国の首都を見ておきたいというこだわりがあるので、今回もまずBuenos Airesの街歩きに合計2日間ほどを費やしてみた。
(Buenos Airesは、決して地味な場所じゃないが。)
大抵はガイドブックのお勧めの場所をなぞるような感じになるけれど、それでもなるべく自分の足で歩き、地元の公共交通機関(タクシーでなく電車やバス)を使うことで、何となくその街の雰囲気を感じることができる。

印象的な出来事や出会いを求めるのも旅の醍醐味だけれど、自分はどちらかと言うと浅く広く色んな場所に行ってみたいと思っているので、あまり1ヶ所に力を入れ過ぎず、色んな場所の「何となく」を比べるのが好き。
まぁ、旅をしている間は「何となく」と思っていても、日本とはまるで異なる文化の異国にいること自体、相当に強い経験なのだから、あまり欲張らずとも、自分の好きなように動いてみれば、自ずと沢山の記憶が残るはず。
旅行とは、それで良いのだと思う。

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