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[海外旅行-05] Cambodia - Phnom Penh & Siem Reap 5話

Angkor遺跡群の話を少ししておこう。
CambodiaSiem Reapの近辺に、有名なAngkor Watや前回の記事で少し紹介したAngkor Thomなど、中世のKhmer王朝が建設した沢山の遺跡が点在する。小さなものまで合わせると、その総数は数百から千に届くと言われている。

残されている遺跡はほとんど当時の寺院。
宗教としては、仏教のものとヒンドゥー教のものとがざっくり半々くらい。
この2つ、Cambodiaでは宗教的混合があり、あまり厳密に区別されていないようだ。日本における神仏習合のように。

Khmer王朝は、今のCambodia、ThailandLaosと、Vietnamの半分くらいを版図とし、歴史上、東南アジアの大陸部では最も強い勢力を誇った。最近は弱っているイメージのCambodiaだけれど、かつては東南アジアの覇者だったわけだ。
それで、文化面でも、これだけの規模と完成度の建築を延々と行うだけの、発想と財力とがあった。
一説には、歴代の王が、「先代の建てた寺院なんて使えるか!オレはオレの寺院を建てる!」と頑張ってしまったため、「無駄に」と言いたくなるくらい寺院の数が増えたという。その結果、東京23区くらいの広さに1000もの寺院。



Angkor Thomの中心にあるBayonの続きから。
外側の回廊のレリーフを眺めた後は、寺院の中心部へ。塔のように突き出ている建物に顔が彫られている。
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中の石段を上がって2階に進むと、塔に彫られた顔が近くに見える。
四面仏と呼ばれるらしく、ほほ笑んだような表情の仏様の顔がそれぞれの塔の各側面に。
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入口とは反対側(西側)にある出口を見下ろして1枚。
出口付近は扱いが悪いのか、いかにも修復工事中という雑な置かれ方のまま、遺跡の石材が放置されている。
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次はBayonの隣にあるBaphuonを見物する。
"Baphuon"は隠し子という意味らしい。婚外子ということではなく、さらわれそうになった子供をここに隠したのだと。
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上の写真、寺院への正面参道は少し浮いた桟橋になっていて、両側には池が配置されている。
この形はAngkorの遺跡によく見られる様式で、池には神(仏)から与えられた水の恵みを象徴する意味合いがある。

上の写真では池がしょぼく見えるのは、乾季の真っ只中の1月だったからだと思う。
雨季になって、豪雨で水が満ちれば、参道を桟橋にした意味も分かりやすくなるのでないかな。
ちなみに、先程のBayonも、雨季になると池ができるようだが、今は乾季で干からびていたようだ・・・。


Baphuonは3階建てというか3層構造になっている。2層目の外周と3層目に入れる。
今の姿は長い修復工事が終わったもののようで、昔は中央に数十メートルの塔があったという。本当かいね。
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2層目の外周。蒸し暑いので、木陰で休憩する人もちらほら。
この上の3層目には、なかなか角度の急な階段で登っていく。Angkorの遺跡は、全般的に傾斜がきつい。
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そして3層目、Baphuonの中心部に登ってきた。
外観が立派に修復されたのに比べて、この中心部分が安っぽいというか、やっつけ仕事に見えてしまうのは気のせいか。
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3層目から参道の方を見下ろして1枚。
緑に囲まれた精巧な石造りの寺院。遺跡の見物はどれも印象深く、そして蒸し暑い。それがAngkor全般の感想。
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Baphuonのさらに隣には、「王宮」と呼ばれ塀で囲われた区域がある。
王宮だけあって、正面入口の付近は一段高くなっていて、そこには手の込んだ装飾がなされている。
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無数の象が彫られ、ところどころに象の長い鼻を模した装飾まである。
その外観的特徴から、「象のテラス」と呼ばれ、かなり人気の記念撮影スポットにもなっている。
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ホテルから持ってきた水がなくなってきたので、路上の売店で売っているミネラルウォーターを買った。
"Bayon"って、さっき見た遺跡の名前だけど、この水はどこから取ってきたのだろうか。Khmer文字は読めなかった。
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「象のテラス」を上から眺めて1枚。
左の森の中に「王宮」がある。ちょっと木陰で一休みしたい。
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「王宮」の敷地の中。と言っても、それっぽい遺構はほとんど残っていない。
寺院や神殿は石造りの重厚な建物だったのに対して、人間の家屋は木造で、熱帯の気候によりすぐ朽ちてしまった。
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「王宮」の中心にあるPhimeanakasという神殿だけは石造りで、現代まで残っている。
この神殿にまつわる神話は、超肉食系女性に化けて出た精霊が国王を毎晩呼び出して・・・という、しょうもないもの。
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もう1つ、「王宮」の中の池も石造りなので、今も形を残している。
余計なお世話ながら、これ、水の入れ替えはされているんだろうか。たまに池で水浴びしている人を見かけたが。
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Angkor Thomには、まだいくつか遺跡があるようだけれど、似たり寄ったりなので切り上げる。
待っていてもらったトゥクトゥクに乗って、10分くらい移動したところにあるTa Prohmという遺跡へ。
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この遺跡は、敢えて修復を最小限度にとどめているそうだ。その理由は、以下の写真を見てもらえれば分かるように、自然の力により修復が困難で、かつ、そのままにしておいた方が見た目に面白いから。
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建物を構成する石も昔のままなので、苔むして全体的に緑色になっている。
崩れた石のブロックが散らかっていて、そこかしこ木が生えるに任せている。
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この遺跡の特徴である、建物と木の相克。そこら中で絡まりあっている。
1000年も放っておくと、素晴らしく精巧な遺跡も、こうやって自然に還っていくのだな。
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こちらは、木の枝が建物にめり込んで、石のブロックが今にもばらばらになりそう。
近い未来か遠い未来か、いつか見物客の前で崩壊する可能性もあるね。
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このTa Prohmは、崩れた石のブロックが場所や道を塞いでいるところが多く、踏み入れる場所が少なめだった。
それでいて、このような特徴のため人気が高く、訪れる人が多く滞在時間も長い。
だから、他の遺跡に比べるとだいぶ混んでいた。

ただでさえそんな場所に、中国人団体客が2グループも3グループも来てしまったら、もう大変。
彼らの回るルートを把握した上で、見る場所が重ならないようにしながら、嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。
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[海外旅行-05] Cambodia - Phnom Penh & Siem Reap 4話

Cambodiaを旅行するのは、思っていたよりも楽だった。
それは、どこでも米ドルがそのまま使えて、かつ、観光客として利用するサービスの大半で英語が通じたため。
言い換えると、Cambodiaでしか使えないものというのが特になかった。

通貨については、一度しか行かないような国だと、現地通貨の調達が悩ましい問題になる。
旅行の最後に余らせると、日本円や米ドルに戻すには不利なレートを強いられるし、コインは両替できないとか一定額以上でないと両替に応じないなんていうこともある。だから、余らせないよう、使う分だけを両替するように心がけている。
でも、そこに気を配りすぎると、旅行の終盤には節約しすぎか使いすぎのどちらかになりがち。
その点、米ドルなら、余っても取っておけばまた使うこともあるから、ちょっと多めに用意して使うだけ使えば良い。

言語については、公用語はKhmer語でこれは全然分からないけれど、結局はほとんど英語で通すことができた。
なにせ、Phnom PenhでもSiem Reapでも、自分が会ったトゥクトゥクの運転手は、皆ある程度の英語を話せたのだ。
多くの国では、ホテルやレストランでは英語が通じても、タクシーでは通じないから、これにはちょっと驚かされた。
また、Khmer文字で書かれた看板も、観光地ではそのほとんどに英語表記が付されていた。
おかげで、今回の旅行では、言葉でストレスを感じることが全くなかった。



2日目の夕方、Siem Reap国際空港に到着。
この空港は国際線の方がメインで、周辺各国からPhnom Penhを経由せず直接ここに来られる。
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空港からは、ホテルの無料送迎バスを利用した。
今日から3泊する"Tara Angkor"というホテル。Angkor WatとSiem Reapのダウンタウンとの間に位置する。
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入ってすぐのロビーとフロント。日本人女性のスタッフがいた。
日本人と気付かずに英語で用を伝えたら、冷ややかな視線と美しい英語が返ってきた。
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部屋はこんな感じ。入ってまず、寒くなりすぎないようにエアコンを調整した。
キングサイズのベッドは、一人旅だとちょっと大きすぎ。クイーンサイズが丁度良いのだけどな。
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折角なので、Siem Reapのダウンタウンに食事をしにいく。
片道が徒歩20分くらい。日が暮れてさほど暑くないし、この辺は治安も良いので、十分歩ける。
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ダウンタウンは観光客で賑わっていた。
夕食に選んだのは"Khmer Kitchen"というレストラン。
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今日は"Khmer Curry"を食べてみた。
ココナッツ風味で辛さがだいぶ控えめで、ジャガイモではなくサツマイモのような甘みのある芋が使われていた。
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食べた後は、ちょっとダウンタウンを散歩してみる。
このPub Streetの付近は、夜多くまで飲み屋が賑わっているらしい。団体で来たら、こういうところも楽しそうね。
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観光客向けのエリアなので、土産物屋で民族衣装とか雑貨とか売ってる。
「何かお探しですか?」「サッカーのCambodia代表のシャツない?」「・・・。」自分の嗜好には合わなかったみたい。
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3日目の朝。今日は夕方まで遺跡見物するので、朝食でしっかりエネルギーを注入する。
クイティウ(Kway Teow)という米麺のスープをオーダーメイドで作ってくれるのが気に入って、滞在中は毎朝食べた。
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ホテルの前でトゥクトゥクを捕まえて、今日回りたい場所を伝えて1日チャーター。
相場の倍くらいの30米ドルとふっかけてきたのを、20米ドルまで下げさせて、面倒くさいからそれでOKにした。
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Angkor Wat等この地域に点在する遺跡群を見物するには、共通の入場券が必要。
ホテルの近く、Angkor Watからは少し離れているこの建物で売っている。遺跡では売っていない。
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20も30も窓口があって、それでもこれだけの混み具合。Angkor遺跡群の人気を思い知る。
自分は3日券を購入。65~70米ドルくらいだったかな。結構高いな。
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再びトゥクトゥクに乗り、今日はAngkor Thomから見て回る。Angkor Watは明日に回す。
トゥクトゥクの屋根で一部見ないけれど、この立派な門がAngkor Thomの南大門。
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"Angkor"はSanskrit語で都市、"Thom"はKhmer語で大きいという意味。
さしずめ、Angkor Thomは"big city/town"ということになる。
その名の通り、城壁で囲まれた3km四方の大きな区域の中に、多くの遺跡が残されている。


そのAngkor Thomの中心にあるBayonから見物を始める。
石だけで造られ、これだけの規模と精緻な装飾を持つ遺跡というのは、初めて見る。
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入口の近くにあった看板。Bayonの保存修復には日本からの援助が出ているようだ。
なにせ、途上国だし、最近まで内戦やってたし、これだけの大規模な遺跡を自力で維持する余裕はないんだな。
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見物客は多く、写真は少々取りにくいけれど、取り合えずはゆっくりと自分の目で見て回ろう。
気温は30℃前後で、東南アジアらしくかなり蒸し暑く、かつこの遺跡はほぼ屋外だから、暑さで結構消耗させられる。
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遺跡の一番外側を囲む回廊には、壁面に絵が彫ってある。レリーフというやつだね。
これだけの大作を刻み上げるには、どれだけの腕利きの職人が、どれだけの時間を費やしたのだろう。
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ここにはKhmer王朝の軍隊の行進が描かれている。別のところには、Khmerの人々の暮らし等も描かれていた。
修復作業も行われたのだろうけれど、800年も昔の遺跡にこれだけの装飾が施されていたことが驚きだった。
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回廊の外側、あまり見物客が見ないところ。
この辺りは恐らくさほど修復も施されていなくて、昔のままの姿を今に伝えているのではないかな。
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年末年始休暇の時期なので、団体又は個人の日本人観光客も結構見かけた。
東洋の神秘に触れにきた欧米人(白人)も、思っていたより多かった。

されど、そこかしこで圧倒的な存在感を放っていたのは、中国から来た団体さん達。
彼らが現れると、その空間はもう彼らだけのものになってしまうね(苦笑)。これはもう、諦めるしかない。
レリーフをゆっくり眺めたり、写真を撮ったりしたいときは、彼らが次の場所へ移るのを待ってやり過ごすしかない。

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[海外旅行-05] Cambodia - Phnom Penh & Siem Reap 3話

今回の記事では、冒頭から人骨の画像なんてのが出てくる。(※苦手な人は飛ばして下さい。)
法に触れるものではないけれど、見ていて気分が良くなるものでもないだろう。

それでも敢えて掲載するのは、旅行中に自分が見たものをなるべくここに残しておきたいから。
"Killing Field"を取り上げる以上、この光景から目を逸らしてはいけないと思うので、写真の掲載も遠慮はしないでおく。
これがCambodiaで起こってしまった事実だと、Cambodiaに少しでも興味を持つ人には直視してもらいたい。

現地では少々、「これを撮っても良いものかな」という葛藤はあった。
日本人は独特の(無)宗教観から「死」というものを極端に忌み嫌うから、こういうのは見るものでも見せるものでもないという考えに寄りやすいところがある。自分も日本人なので、やはり根っこにはそういう思いがある。
それでも、こういう場所を敢えて訪れたのだし、この場所は訪問者にCambodiaの悲惨な歴史を隠さず見せようとしてくれるのだから、そこにあるものを直視することとし、写真も撮らせてもらうことにした。



この"Killing Field"から発掘された、というかほぼ野ざらしになっていた人骨。左下の小さいのは歯。
順路通りに見て回ると、段々と見るものがエグくなってくる。
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こちらの大木は"Magic Tree"と呼ばれていたそうだ。
スピーカーを取り付けて大音量で革命の歌を流し続け、処刑場の外に断末魔の声が聞こえないようにした。
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"Killing Field"の真ん中に建っている慰霊塔。
すぐ外でお供えの線香を売っていたので、買って慰霊塔の前に供え、そっと手を合わせた。
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慰霊塔の中には、犠牲者の頭蓋骨が所狭しと積み上げられている。
言葉を失う光景とは、こういうものを言うのだろう。
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一番下の段には、処刑に使われた道具が展示されていた。
ここでの処刑は、銃殺や絞首などという洗練されたものではなく、基本的に殴打か刺殺だった。
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今回訪れたPhnom Penhの"Killing Field"以外にも、Cambodiaの至るところに同じような"Killing Field"があるという。
Angkor Wat観光の拠点であるSiem Reapの近くにもあるそうなので、当地を訪れる人は、是非とも少しの時間を割いて足を運んでみて、Angkor Watだけでなく、Cambodiaという国の別の一面にも触れてみてほしいと思う。


衝撃の"Killing Field"を後にして、再び30分くらいかけてPhnom Penhの市街地に戻ってきた。
賑やかな街の一角に、Khmer Lougeの政治犯収容所だったTuol Sleng虐殺博物館がある。
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ここでも、8か国語くらいの音声ガイドを貸し出していた。
先程の"Killing Field"以上に、ここでは解説を聞かないと、この場所の本当の恐ろしさが分からないと思う。
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収容所の敷地の中には、このような普通の建物が何棟も並んでいる。
元々は学校だったというから、一見すれば何の変哲もない場所だ。しかし、恐らくここにも幾千もの無念の霊が。
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上の写真の建物の前、入口のすぐ近くには、手入れのされた綺麗な墓が並んでいる。
これは、この収容所が発見されたときに、ここに放置されていた死体を葬ったものだという。
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「収容所が発見された」という言い回しをしたので、この収容所に関する話を少ししておこう。
Khmer Lougeが支配した時代、この収容所は公然の秘密であったという。
生きては帰れない収容所の噂はあれど、その正体は謎に包まれていた。しかし、実はPhnom Penhの街中にあった。
それが、Khmer Lougeが敗れてPhnom Penhから撤退したとき、入れ替わりに入ってきたVietnam軍に発見された。

ここで行われていたのは、反革命分子に対する過酷な拷問と、それで得られた偽りの自白による処刑。
反革命と言っても、「字が読める者は資本主義に毒されるおそれがあるから殺しておく。」というレベルの言いがかり。
推定1~2万人もの犠牲者が、ここから先程の"Killing Field"に送られ、そういう反革命の罪により処刑された。


そんな場所には見えないくらい、今ここで見られる景色は牧歌的だ。
当時と違うのは、ここにいる人間だけ。それだけに、同じ人間が、かように残虐なことを行っていた事実が信じ難い。
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在りし日の囚人心得がいくつかの言語で示されている。
「看守に服従せよ。隠し事をするな。余計なことを言うな。逆らったら鞭打ちと電気ショック。」みたいな内容。
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元は学校の教室だった雑居房。窓には脱走防止のために格子がはめてある。
ベッドの台みたいなのは、寝かせるためではなく、身体を固定して拷問を行うために使われたという。
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これも拷問に使われた道具。高い横棒をまたぐように縄をかけて、こちら側は囚人を逆さ吊りにして、反対側から縄を引っ張って上げ下げする。壺の中には囚人のトイレの中身。頭から突っ込ませて、「自白」するまで何度でも繰り返す。
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Khmer Lougeが犯した罪を忘れない、という趣旨のことが刻まれた記念碑。"Killing Field"もここも、Cambodiaの悲惨な歴史を強烈に今に伝える。いずれ、いわゆる「負の世界遺産」になるかも。そうしたら、もっと日本人も来るかな。
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Phnom Penhでもう少し時間があるので、トゥクトゥクの運転手に追加料金を払って、もう1か所訪れた。
Wat Phnomという、Khmer Lougeとは関係のない普通の寺。現地人は無料なのに、外国人は1米ドル取られた。
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小さな本堂の中に、黄金の仏像と沢山の木像が安置され、壁には仏陀にまつわる絵が描かれている。
欧米系の訪問者は異文化として眺めて写真を撮っていた。東南アジア系の訪問者は熱心にお祈りをしていた。
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600年以上も昔にこの寺を建立したPenh夫人の像。
Penh夫人の丘(Khmer語で"phnom")と呼ばれるこの寺を中心に、後にPhnom Penhという街が生まれた。
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時間を気にしながら、Phnom Penhの観光を切り上げ、Phnom Penh国際空港に向かう。
国内線ターミナルもなかなか綺麗だった。Cambodiaの空港はどうかという懸念を、良い方に裏切ってくれた。
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Cambodia Angkor航空のプロペラ機に乗って、次の目的地のSiem Reapへと飛ぶ。
特に遅れもなく、ほぼ定刻通りに出発してくれた。Cambodiaも、なかなかやるじゃん。
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Phnom PenhからSiem Reapまで約1時間のフライト。概ねTonle Sap川に沿って飛ぶ。
Cambodiaはまともな鉄道がないし、バスだと道も乗り物も悪くて時間の無駄と言われるので、大人しく空路で移動した。
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Phnom Penhでは、Cambodiaの悲劇の現代史に触れることができた。
百聞は一見に如かず。訪れてみて貴重な勉強になったし、"Killing Field"やTuol Sleng博物館で見たものは忘れない。

それはそれとして、次のSiem Reapでは、気分を切り替えて、もっと古い文化に触れながら遺跡見物を楽しんだ。
記事の雰囲気も切り替えて、次からは今回の旅行で一番の楽しみにしていたAngkor Watとその遺跡群を紹介する。

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